2021/12/28

わたしの子たちよ、これらのことを書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。たとえ罪を犯しても、御父のもとに弁護者、正しいかた、イエス・キリストがおられます。この方こそ、わたしたちの罪、いや、わたしたちの罪ばかりでなく、全世界の罪を償ういけにえです。(1ヨハネの手紙2・1.2)

わたしたちは弱くて罪を犯してしまいます。それにしても諦めずにイエス様に罪を赦していただいて、また頑張りましょう。


2021/12/27

みことばは人となり、わたしたちの内にお住みになった。わたしたちはみんなこの方の満ち溢れる豊かさの中から恵みを受けた。(ヨハネ1・14.16)

間違えなくお願いさえすれば来年も受けられるでしょう。

2021/12/25

大きな喜びをあなたがたに告げ知らせよう。きょうわたしたちに救い主が生まれた。(ルカ2・10)


約束してくださるイエス様が十字架の前に逃げることなくどういうことがあってもそれを必ず守る。信頼しましょう!

2021/12/24

「主に先立って行き、その道を整え、主の民に罪の赦しによる救いを知らせるからである。これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く。」(ルカ1・76-79)


来年もそうなりますように祈って努めましょう!

2021/12/23

主は仰せになる。「わたしは戸口に立ってたたく。わたしの声を聞き、戸を開くなら、わたしは中に入ってその人と食事をともにする。」(黙示録3・20)


今年の御降誕にもイエス様は待っています。戸をたたいたらいつでも中に入れてくれる。共に食卓に着く。

2021/12/22

〔エリサベトに答えて〕、マリアは言った。
「主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。」(ルカ1・51-53)


マリア様は神様の働きをそのように見られております。私たちもマリア様の様に期待することができます。今週祝うクリスマスはそれを思い出さされます。

2021/12/21

エリザベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子様も祝福されています。わたしの主のお母様が私のところに来て下さるとは、どういう訳でしょう。あなたのあいさつのお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んで踊りました。主がおっしゃたことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」(ルカ1.41-45)

イエス様はわたしたちに対しても約束を守るのです。そのためにご自分が十字架につけられることを受け入れたのです。その大きな愛に応えるようにいたしましょう。


2021/12/19

すべてを治める神よ、あなたの力を現し、わたしたちを救いに来てください。わたしたちを新たにし、あなたの顔の輝きで救ってください。(詩編80・3-4)


神さまが必ず約束を守ります。遅れているとしても、心配なく必ず来られる。

2021/12/18

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。
その名はインマヌエルと呼ばれる。」
この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れた。(マタイ1・23)


神は我らと共におられるならば何も恐れることはない。来年も。

2021/12/17

主の道を備え、その小道を整えよう。すべての人は神の救いを見る。

(ルカ3.4+6)

求めるならば必ずわたしたちもそれを見るでしょう。


2021/12/16

主の道を備え、その小道を整えよ。すべての人は神の救いを見る。(ルカ3・4)


クリスマスを迎えるにあたって、もう少しイエス様に近く従いましょう。

2021/12/15

主は来られる、すぐに来られる。主は暗やみにかくれたものを照らし、万民にご自分を現される。(ハバクク2・3,一コリント4・5参照)


クリスマスにあたってプレゼントをもらおうと思ったら、私たちもイエス様にプレゼントを差し上げましょう。

2021/12/14

わたしについて来たい者は自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。(マタイ16.24)

イエス様のように人々の救いに役に立ちたいならば、自分の十字架を背負うことの他にない。


2021/12/13

あなたがたは、わたしが試練の中にあった時にもわたしについて来た。あなたがたに父の国を与えよう。そこでわたしとともに食卓につきなさい。(ルカ22.28)

イエス様についていくために犠牲があります。しかし損することなく最終的に大きな徳になります。

2021/12/12

主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。(フィリピ4・5)

次のクリスマスはチャンスです。それを見失わないようにいたしましょうね!

2021/12/11

主の道を備え、その小道を整えよ。すべての人は神の救いを見る。(ルカ3・4)


その御子において、神の救いを見てあずかることが出来る。そのチャンスを見失わないでね。

2021/12/10

わたしたちは、救い主イエス・キリストが来られるのを待ち望んでいる。主はわたしたちのみじめなからだを、ご自分の栄光のからだと同じ姿に変えてくださる。(フィリピ3・20-21)

イエス様はケチではなく持っているものすべてを与えてくださっております。私たちも同じ寛大さを持ってそれに応えましょう。

2021/12/09

わたしは主、あなたの神。
あなたの右の手を固く取って言う
恐れるな、わたしはあなたを助ける、と。(イザヤの預言41-13)


それは荘厳な神さまの約束のように述べられております。間違いなく守られるので、今日も安心して過ごしましょう。

2021/12/08

天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。(エフェソの教会への手紙1-4)

神さまは、思わずなんとなく、私たちに命を与えてくださったのではなく、永遠からそれを計画されたことです。その固い決意があったので、私たちは生まれて生きております。

2021/12/7

主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め子羊を懐に抱き、その母を導いていかれる。(イザヤの予言40.11)

子羊も、その母の面倒見るのはやさしいことではありません。神様がわたしたちに対しておなじことをなさっておられます。

2021/12/5

諸国の民よ、主のことばを聞き、これを地の果てまで告げよ。「救い主が来られる。もはや恐れることはない。」(エレミヤ31.10)

神の子イエスがわたしたちの仲間になられた。

それなので、わたしたちがなにも恐れることはありません。

2021/12/05

あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように。(使徒パウロのフィリピの教会への手紙1ー8より)

そのようにしてイエス様の誕生を祝い、周りの人にも喜んでもらうことが出来るのです。

2021/12/4

イスラエルの神、主はは言われる。まことに、シオンの民、エルサレムに住む者よ。もはや泣くことはない。主はあなたの呼ぶ声にこたえて必ず恵みを与えられる。主がそれを聞いて、直ちにこたえて下さる。(イザヤ30.19)

そのために今日も安心して過ごしましょう。

2021/12/03

すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。(第一コリント22-23)


今日記念する、聖フランシスコ・ザビエルもパウロの様に、行き先をよく分からずに出かけて福音を述べ伝えました。
主イエスにつかわされたと思い、どんな危険があるとしても大丈夫だと思って出かけました。

2021/12/02

(そのとき、イエスは弟子たちに言われた。)「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。」(マタイ7・21)


神への愛を言葉だけで済ますことはできない。イエス様が示された模範のように、行いを持って私たちの信仰の真意を示すことが出来る。

2021/12/01

イエスはガリラヤ湖のほとりに行かれた。そして、山に登って座っておられた。
弟子たちを呼び寄せて言われた。「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。空腹のままで解散させたくはない。途中で疲れ切ってしまうかもしれない。」
イエスが「パンは幾つあるか」と言われると、弟子たちは、「七つあります。それに、小さい魚が少しばかり」と答えた。(マタイ15・29)
イエスはそれを取って増やしてみんなに食べさせた。


イエス様はわたし達を見て、間違いなくかわいそうと思ってくださるでしょう。どういうことがあっても、必ずイエス様が助けてくださる。間違いなくそうされると思います。