このブログでは、ヴィタリ神父(カトリック山口教会協力司祭・イエズス会)からカトリック山口教会信徒向けに、毎日配信される「今日のみことば」を紹介しています。みなさま方には、このことばを今日一日を生きるヒントにしていただければ幸いです。
わたしに従う者はやみのうちを歩むことなく、いのちの光をもつ。(ヨハネ8・12)
神様がまちがいなく、わたしたちを困らせることはなく、正しく導いてくださいます。
わたしは神を愛する。
神はわたしの声を聞き、日々祈り求めるわたしに耳を傾けてくださった。(詩編116・1、2)
いつでも、どんなことがあっても、神様がわたしたちに耳を貸してくださっております。遠慮なくいつでも何を頼んでもいいのです。
わたしたちを救われる神よ、諸国からわたしたちを集めてください。(詩編106・47)
わたしたちがどんな国から来ても、どういう顔の色をしていても、みんなあなたの子どもです。
神はひとり子をお与えになるほど世を愛された、神を信じるすべての人が永遠のいのちを得るために。(ヨハネ3・16)
わたしたちは、その愛に恩返しすることが難しいが、少なくともそれを忘れずに過ごしましょう。
わたしの父に祝福された人たちよ、世の初めから、あなたがたのために備えられた国を継ぎなさい。(マタイ25・34)
神様は思い付きではなく世界の初めから、わたしたちのことを考えてくださった訳です。
わたしが来たのは、彼らにいのちを与え、さらに豊かに与えるためである。(ヨハネ10・10)
わたしたちが何もしていないのに、一番大切なもの、この命をいただいております。恩返しをしないといけませんね。
あなたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたを選んだのである。(ヨハネ15・16)
イエス様は、わたしたちが気付かないうちにわたしたちに命を与えて、大いに期待されています。その期待に応えましょう。
わたしが来たのは、彼らにいのちを与え、さらに豊かに与えるためである。(ヨハネ10・10)
イエス様は、わたしたちを自分の豊かさに与らせる目的しかありません。その期待に応えましょう。
神は来られる。天と地を呼び寄せ、民を裁かれる。(詩編50・3、4)
わたしたちは、ぼんやりして生きれません。与えられた時間と才能をどのように実らせているかは報告しなければなりません。
わたしは世の光である。わたしに従う者はやみの中を歩むことなく、いのちの光をもつ。(ヨハネ8・12)
暗やみではなく、光になったら周りの人を導くことができるのです。そのようになりましょう。
あなたがたは、わたしが試練の中にあったときにもわたしについて来た。あなたがたに父の国を与えよう。そこでわたしとともに食卓につきなさい。(ルカ22・28-30)
難しい時こそ、わたしたちのイエス様への愛がためされるのです。
神はキリストのうちに世をご自分に和解させ、和解のことばをわたしたちにゆだねられた。(二コリント5・19)
わたしたちは、神様から重大な務めを与えられています。周りの人々を和解させることです。対立ではなく、互いに受け入れて平和のうちに生きることです。
わたしたちの救い主イエス・キリストは死を滅ぼし、福音によって生涯を照らしてくださった。(二テモテ1・10)
わたしたちは、ほとんど何もしてあげていないのに、そこまでして下さる主の愛は本当に大きいです。
神は、御ひとり子をお与えになるほど世を愛された。それは、御子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠のいのちを得るためである。(ヨハネ3・16)
何もしなくて、もわたしたちにご自分の最も大切なことを与えてくださった神様に、恩返ししなくてはならないことでしょう。
完全になりたいなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人たちに与えなさい。それからわたしについて来なさい。(マタイ19・21)
そうすれば、持ち物よりも大切なものが与えられるでしょう。
医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。(マルコ2・17)
イエス様にそのように言われたら、安心してついて行くことができる。
わたしはあなたを国々の光とし
わたしの救いを地の果てまで、もたらす者とする。(イザヤ49・6)
わたしたちが、神様に大きく期待されています。できるだけ応えて行きましょう。
貧しい人に福音を、捕らわれびとに開放を告げるため、神はわたしを遣わされた。(ルカ4・18)
神様が、すべての人を幸せにされたいのです。わたしたちが喜んで協力いたしましょう。
世界よ、神に喜びの声を上げ、賛美の歌で神をほめよ。遠く地の果てまで、すべての者が神の救いを見た。(詩編98・4、3)
神は、わたしたちのすべてを見て、どうしても天国へ導きたいのです。
わたしは、もう一度あなたがたに会う。そのとき、あなたがたの心は喜びに満たされる。その喜びは奪われることがない。(ヨハネ16・22)
それは、天国のことが暗示されている。イエス様が、どうしてもそこでわたしたち皆に会いたいのです。
父が子どもをいつくしむように、神の愛は、神をおそれる人の上にある。(詩編103・13)
神様が、わたしたちの父親よりもはるかにわたしたちの面倒をみてくださるのです。最初の命の瞬間から天国に召されるまで。
神のことばはあなたがたのうちに働いている。(一テサロニケ2・13)
それに従えば、しあわせになれる。
主が洗礼を受けられると、天が開け、神の霊が鳩のように下り、父の声が聞こえた。「これはわたしの愛する子、わたしの喜び。」(マタイ3・16)
父である神様は、イエス様に従うなら、わたしたちについても同じことを言ってくださる。そのように言ってほしいですね。頑張りましょう。
見よ、すべてを支配する主が来られる。王国と権能と主権は、そのみ手のうちにある。(マラキ3・1)
わたしたちを助け救うための他に目的はありません。その寛大さに応えましょう。
わたしたちは皆、このかた(イエス)の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けた。(ヨハネ1・16)
沢山いただいたので、沢山お返ししなければならないことでしょう。
光はやみの中に輝き、神に従う人、心正しくあわれみ深い人を照らす。(詩編112・4)
この新しい年の間、その光に照らされて正しい道を歩みましょう。
初めに、世が造られる前から、みことばは神であった。そのかたが世の救い主としてお生まれになった。(ヨハネ1・1)
わたしたちが生まれる前から、神様がおられた。考えてくださったから、わたしたちが生まれた。それを忘れずに今年もすごしましょう。
暗やみを歩いていた民は偉大な光を見た。暗黒に住む人々を光が照らした。(イザヤ9・1)
イエス様の光に照らされて、新年も安全な道を歩むようにいたしましょう。
いつくしみ深い神はわたしたちを愛し、ご自分の子を罪深い人間と同じ姿でお遣わしになった。(エフェソ2・4、ローマ8・3)
そのためにわたしたちは、罪人でありながら安心することができます。
神に従う人の口は知恵を語り、その舌はまことを告げる。(詩編37・30)
そのようにするのは難しい時があります。努力しましょう。
イエス・キリストは、きのうもきょうも永遠に主である。(ヘブライ13・8)
わたしたちがその元に新年を迎え、安心して過ごすことができます。