2022/01/30

愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。愛は決して滅びない。(一コリントの教会への手紙13・4-8)


このパウロの理想は、優れた人の為の言葉のように思われますが、1世紀の終わり頃の信者たちはほとんど一般人でした。それなのに、パウロがこの理想高い言葉を宛てたのです。私たちはそれを受け入れやすいはずです。日常生活の中でそれを思い出しましょう!

2022/01/29

神はひとり子をお与えになられるほど世を愛された、神を信じるすべての人が永遠のいのちを得るために。(ヨハネ3.16)

神様がわたしたちに一番大切な人を与えて下さいました。わたしたちもそれに応えてどうでもいいことではなくわたしたちにとって大切な時間とエネルギーを神様のために使うようにいたしましょう。

2022/01/28

イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした。」(マタイ11・25-27)


私たちは力がなく、この人生の中でどうしたらいいのか分からないことは時々あります。その為にこそイエス様が私たちを顧みて私たちの力になるのです。

2022/01/27

「あなたがたは自分の量る秤で量り与えられ、更にたくさん与えられる。持っている人は更に与えられ、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。」(マルコ4・24-25)


イエス様の言葉は難しそうですが、非常に簡単でもあります。愛すれば必ず神さまに愛されることでしょう。愛さないで愛してもらいたい、大事にしてもらいたいということは勝手な要望でしょう。

2022/01/26

(そのとき、)主はほかに七十二人を任命し、御自分が行くつもりのすべての町や村に二人ずつ先に遣わされた。そして、彼らに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」(ルカ10・1-2)


イエス様はあきらかにすべての人の救いを考えておられます。ご自分で皆のところに行かれないので代わりに私たちをも遣わして、すべての人に救いの道を示したいのです。その期待に応えましょう!

2022/01/25

あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、またわたしの名によって父に願う者は何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。(ヨハネ15・15.16)

わたしたちが神様を知る前に神様がわたしたちを考えて下さった訳です。同時に大きな任命を与えてくだっさた訳です。それはこの世で実らせることであり、神様の助けによってまわりのひとを幸せにすることでしょう。

2022/01/25

あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、またわたしの名によって父に願う者は何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。(ヨハネ15・15.16)

わたしたちが神様を知る前に神様がわたしたちを考えて下さった訳です。同時に大きな任命を与えてくだっさた訳です。それはこの世で実らせることであり、神様の助けによってまわりのひとを幸せにすることでしょう。

2022/01/24

わたしが来たのは、かれらに命を与え、さらに豊かに与えるためである。(ヨハネ10.10)

イエス様はわたしたちにどういう罰を与えるということは全く考えておられません。いかに今、元気で生きるか、また終わりにいかに永遠の命を獲得するかしか考えておられません。

2022/01/23

貧しい人に福音を、捕らわれびとに解放を告げるために、神は私を遣わされた。(ルカ4・18)


神さまがどんな人をも忘れることなく見守って導こうとされております。この私たちも忘れることなく今日も守ってくださいます。私たちも神さまを忘れないようにいたしましょう。

2022/01/21

神よ、わたしたちの心を開き、あなたの子が語られることに心を向けさせてください。

(使徒行録16.14)

今日も少し祈りしてイエス様がなにを何を語ってくれるかを聞きましょう。

きっと力ずけらる みことば であるでしょう

2022/0121

あなたがたは、わたしが試練の中にあった時もわたしについてきた。あなたがたに父の国を与えう。そこでわたしとともに食卓につきなさい。(ルカ22.28-30参照)

イエス様はわたしたちがついていく苦労を決して忘れることなく必ず報いて下さる。

2022/01/20

わたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものです。キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました。(二テモテ1・10)


それは私たちが動物のように死で全てが終わるのではなく、先だって天国におられるイエス様が私たちを待っております。まちがいなくそこに辿り着くことができるように最後まで歩みましょう。

2022/01/19

神は、御ひとり子をお与えになるほど世を愛された。それは、御子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠のいのちを得るためである。(ヨハネ3・16)

神さまが一番大切な御子を私たちに与えてくださいました。私たちもケチにではなく寛大に、持っていることを神さまのために使い、与えましょう。

2022/01/18

新しいユダヤ人の王を選ぶにあたって主はサムエルに言った。「容姿が背の高さに目を向けるな。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」(サムエル上16.7)

幸いに神様がわたしたちの心を見られるので、外側だけにとらわれる人間のように見ないから安心できます。

2022/01/17

完全になりたいなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人たちに与えなさい。

それからわたしについて来なさい。(マタイ19.21)

わたし達は普段に立ち去ってしまうものに捉われ過ぎではないでしょうか。イエス様が永遠に残るものを考えさせようとされております。友であるイエス様のアドバイスに従いましょう。

2022/01/16

母がイエスに、「ぶどう酒が無くなりました。」といった。イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」しかし、母は召使たちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください。(ヨハネ2.3-5)

おそらく調子にのってみんながぶどう酒を飲み過ぎたのでなくなったのでしょう。そのためにイエス様は最初にしたくなっかたようです。しかしながらマリア様の願いに対してイエス様が負けたような感じします。マリア様の力は大きいです。遠慮なくなんでも願いましょう。

2022/01/15

ファリサイ派の律法学者たちと一緒に食事をされたイエス様がファリサイ派の人たちに批判されました。
それに対して次のように答えました。
「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」(マルコ2・17)


私たちもファリサイ人のような見方をしているのではないでしょうか。このイエス様のはっきりした戒めを忘れずに過ごしましょう。

2022/01/14

全能永遠の神よ、あなたの恵みは限りなく、人の思いをはるかに越えて世界の上に注がれます。(14日のミサの祈りより)


神さまは私たちのように疲れることも諦めることもない。ですからいつでも安心いたしましょう。

2022/01/13

わたしは、もう一度あなたがたに会う。そのとき、あなたがたの心は喜びに満たされる。その喜びは奪われることがない。(ヨハネ16・22)

その時はいつでしょうか。おそらくイエス様が私たちを天国に迎えてくれる時でしょう。間違いなくそこに辿り着くことが出来るようにしましょう。

2022/01/12

羊はわたしの声を聞き分け、わたしもその羊を知り、羊はわたしに従う。(ヨハネ10・27)


羊飼いは夜も昼もどんな季節の時も羊の側におられる。それで羊を守ることができ良い牧草にも連れていくことが出来る。神様はましてその良い羊飼いであります。絶えず私たちの側におられ、守ってくださいます。

2022/01/11

神のことばはあなたがたの内に働いている。

人間の言葉としてではなく神のことばとして受け入れなさい。

(1テサロニケ2.13参照)

心の耳を澄ましたら必ず聞こえる。

2022/01/09

主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め子羊を懐に抱き、その母を導いていかれる。(イザヤ40.11)

わたしたちもその子羊のように抱かれて見守ってくださる。安心して毎日を過ごしましょう。

2022/1/8

神はご自分の子を、女から生まれる者としてお遣わしになった。それはわたしたちが、子としての身分を受けるためである。(ガラテア4・4.5)

神様はわたしたちが本当の自分の子どもになるために、御子がわたしたちのように人間となり、わたしたちの罪の償いのために十字架を背負われたのです。それによって主は、わたしたちの救いを成し遂げられたのです。

2022/1/07

神が永遠の命をわたしたちに与えられたこと、そして、この命が続けて御子の内にあるという事です。神の子と結ばれている人にはこの命はありません。神の子の名を信じているあなたがたに、これらのことを書き送るのは、永遠の命を得ていることを悟らせたいからです。

(1ヨハネ5.11-13)

そのイエス様の寛大さに応えて永遠の命を頂けるチャンスを失わないようにいたしましょう。

2022/1/6

愛する皆さん、わたしたちが愛するのは、神がまずわたしたちを愛してくださったからです。(使徒ヨハネの手紙4・19)


神さまが愛してくださったから、私たちが生まれ今でも生きるのはその為です。それを忘れないで、今年も元気よく過ごすようにいたしましょう!