このブログでは、ヴィタリ神父(カトリック山口教会協力司祭・イエズス会)からカトリック山口教会信徒向けに、毎日配信される「今日のみことば」を紹介しています。みなさま方には、このことばを今日一日を生きるヒントにしていただければ幸いです。
労苦して重荷を負っている者はわたしのもとに来なさい。わたしはあなたがたを回復させよう。(マタイ11・28)
恐れなく頑張りましょう。天国に、みんなのために場所があります。
めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。(フィリピ2・4)
この掟は、とても大切ですが時々忘れます。もう少し思い出しましょう。
神よ、わたしを見捨てることなく、
わたしから離れないでください。(詩編38・22)
それによって、今日も安心して過ごせます。
「主よ、主よ」という人が皆、天の国に入るのではない。父のみ旨を行う人だけが入る。(マタイ7・21)
ことばだけでは足りません。行いをもってイエス様にわたしたちの愛を示さなければなりません。
わたしを愛する人はわたしのことばを守る。父はその人を愛し、わたしたちはその人のもとに行き、ともに住む。(ヨハネ14・23)
愛することは言葉だけでは済ませない。そのことばが、求めていることを実行しなければならないことです。
めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。(ルカ13・34)
そのやさしい神様の思いやりを忘れずに、それにもう少し応えましょう。
人にへつらおうとして、うわべだけで仕えるのではなく、キリストの奴隷として、心から神の御心を行い、人にではなく主に仕えるように、喜んで仕えなさい。(エフェソ6・6、7)
そのようにするのは難しいことですが、イエス様の助けがあるので大丈夫!!
天と地の主である父はたたえられますように。あなたは神の国のことを小さい人々に現してくださった。(マタイ11・25)
神様が、隔たりなくすべての人々を思い出してくださいます。
神はわたしを支えてくださる。
わたしに心を留めて救い出し、
自由の地に導いてくださる。(詩編18・19、20)
神は、わたしたちを安全なところに案内してくださるまで、落ちつかないのです。
主はみなしごの願いを無視されず、やもめの訴える苦情を顧みられる。(シラ35・17)
神様は、わたしたちと違って、面倒なことを快く受け止めてくださいます。
愛をもって互いに忍耐し、平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい。(エフェソ4・2、3)
簡単なようですが、難しい。しかし、やってみようと思えばできます。頑張りましょう。
わたしは神を愛する。
神はわたしの声を聞き、
日々祈り求めるわたしに耳を傾けてくださった。(詩編116・1、2)
今からもそのように心を開いて神に祈れば、必ず聞き入れてくださる。
あなたがたは神の子どもである。そのため神は、「アバ、父よ」と叫ぶ御子の霊をあんたがたの心に注がれた。(ガラテヤ4・6)
子供なら神様が、どんなことがあってもわたしたちを見捨てることはない。今日も安心してすごしましょう。
収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。(ルカ10・2)
イエス様は、協力者を求めておられます。わたしたちも、その願いに応えるようにいたしましょう。
用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできないからである。(ルカ12・15)
このわたしたちの命を、永遠まで持ち続けるのは、神様の助けがなければどうしてもできません。
神の注がれる目は、神をおそれる人の上に、
神の愛に希望をおく人の上に。
神は彼らのいのちを死から救い、
飢えから彼らを助けられる。(詩編33・18、19)
神様が、見られることだけでなく助けてくださいます。それを思い出して安心して過ごしましょう。
イエスは弟子たちに言われた。「だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、人の子も神の天使たちの前で、その人を自分の仲間であると言い表す。(ルカ12・8、9)
していただければ、他の人にもしてあげなくてはなりません。という常識的なことを忘れないようにいたしましょう。
五羽の雀が二アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。それどころか、あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。(ルカ12・6、7)
そのように言われたら、わたしたちは安心して毎日すごせるではないかと…。しかしながら、わたしたちの心配はまだ多い。もう少し信仰を強めるようにいたしましょう。
天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、ご自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。(エフェソ1・4)
神様は、思い付きではなくて、わたしたちを永遠から考えてくださいました。
わたしは世の光である。わたしに従う者はやみのうちを歩むことなく、いのちの光をもつ。(ヨハネ8・12)
イエス様に従えば、必ず良いところに導いてくださいます。
神のことばは生きていて力があり、こころの思いと計画をわきまえる。(ヘブライ4・12)
それに従えば、まちがいなくみ旨を行うことができる。
キリストはわたしたちを自由の身にしてくださったのです。だから、しっかりしなさい。奴隷の軛に二度とつながれてはなりません。(ガラテヤ5・1)
わたしたちが、すべて自由に行うことができますが、その責任をもってよく考えましょう。
わたしたちが誠実でなくても、キリストは常に真実であられる。(二テモテ2・13)
わたしたちが、信者になってイエス様に従う約束をしました。しかし、時々それを守っておりません。イエス様がそれにとらわれないで、わたしたちに対しての約束を守ります。その寛大さに甘えて毎日過ごしましょう。
神はわたしの光、わたしの救い、
わたしはだれも恐れない。
神はわたしのいのちのとりで、
わたしはだれをはばかろう。(詩編27・1)
神様はわたしたちを決して裏切ることなく、約束を必ず守られます。
天の栄光に上げられたマリアは、旅する教会を母の愛をもって見守り、神の国の完成の日までわたしたちを導かれます。(10月7日の叙唱より)
わたしたちも、その御助けによって人生の旅路を完成させることができるでしょう。
神よ、わたしたちの心を開き、あなたの子が語られることに心を向けさせてください。(使徒言行録16・14)
イエス様が仰ったことに、耳を傾かせてください。忘れたりしないように。
まず、神の国とその義とを求めよ。そうすれば、それに加えて、すべての必要なものが与えられる。(マタイ6・33)
イエス様が、このように約束してくださいますので、安心してそのようにいたしましょう。
聖フランシスコ(アシジ)修道者 記念日
アシジのフランシスコは家を出て、財産を捨て、貧しい者となった。神が彼を養ってくださった。
神はわたしを支えてくださる。
わたしを心に留めて救い出し、
自由の地に導いてくださる。(詩編18・19、20)
神様が、わたしたちと違って、必ず約束を守ります。そのために今日も安心して過ごせるのです。それを思い出して過ごしましょう。
あなたがたにのべ伝えられた福音は、永遠にとどまる神のことば。(一ペトロ1・25)
神様がわたしたちと違って、仰ることやされる約束を決して変えることはない。
回心して幼子のようにならなければ、天の国に入ることはできない。(マタイ18・3)
難しく思われますが、やってみればどんな人でもできます。