このブログでは、ヴィタリ神父(カトリック山口教会協力司祭・イエズス会)からカトリック山口教会信徒向けに、毎日配信される「今日のみことば」を紹介しています。みなさま方には、このことばを今日一日を生きるヒントにしていただければ幸いです。
わたしは死者のうちから立ち上がり、神とともに生きる。(詩編139・5)
イエス様がそのように約束してくださいました。
神はわたしの救い、わたしは信頼して恐れない。(イザヤ12・2)
今年も色々とあるでしょうが、主の御助けがあるから何も恐れることはない。
神を待ち望むすべての人よ、強くたくましく、生きよ。(詩編」31・25)
どうゆうことがあっても、あきらめないようにしましょう。
新しいおきてをあなたがたに与える。互いに愛し合いなさい、わたしがあなたがたを愛したように。(ヨハネ13・34)
難しいが主の助けをいただくから大丈夫です。
人の子は、仕えられるためではなく仕えるため、また、多くの人のあがないとして、自分のいのちを与えるために来た。(マタイ20・28)
それにならってわたしたちも尽くしましょう。
神は、わたしたちすべてのために、ご自分の子さえも惜しまずに、死に渡された。(ローマ8・32)
その大きな愛に何とかして応えなければならないでしょう。
神よ、あなたの顔の光をわたしたちの上に照らしてください。(詩編27・1)
それで安心して歩み続けることができるのです。
わたしの神、わたしの神、どうしてわたしを見捨てられるのか。(詩編22・8)
そのように思うときがあるのですが、神様はよい父なのでわたしたちを決して見捨てることはない。
わたしにはむかう心を捨てて、新しい霊と心を身につけよ。(エゼキエル18・31)
それでイエス様にもっと忠実に従うことができる。
神はわたしを救われる。そのいつくしみをたたえよう。(詩編18・3)
今日も安心して過ごしましょう。
神にこころを閉じてはならない。きょうこそかみのことばを聞こう。(詩編95・8参照)
今日も必ず導かれることでしょう。
よい心で神のことばをたもち、忍耐をもって実を結ぶ人はさいわい。(ルカ8・15参照)
あきらめずにそのように求めましょう。
見よ、忠実で思慮深いしもべ、神はこの人を聖家族の頭とされた。(ルカ12・42参照)
そのために神様がイエス様の教育をヨセフにまかせることができた。
悪を行う人が死ぬことなく、神に立ちもどって生きることを神は望んでおられる。(エゼキエル33・11)
どんなことがあっても神様があきらめないでわたしたちに希望をおきます。
わたしに仕えたい人はわたしにしたがいなさい。わたいがいる所にわたしに仕える人もいる。(ヨハネ12・26)
それによってわたしたちも永遠のしあわせに与ることができます。
わたしたちは、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストのとうとい血によってあがなわれた。(一ペトロ1・19)
罪がないイエス様は、罪があるわたしたちに代わって十字架の上で亡くなられたのです。
人はパンによるだけではなく、神のことばによって生きている。(マタイ4・4b)
そのためにパンが要らない永遠のいのちを約束してくださいました。
神はひとり子をお与えになるほど世を愛してくださった。神を信じる人は永遠のいのちに生きる。(ヨハネ3・16)
わたしたちを永遠に生かせるためにイエス様がこの世に来られました。
神はひとり子を世に遣わされた。世を裁くためではなく、子によって世を救うためである。(ヨハネ3・17)
そこまでしてくださったら、わたしたちは大丈夫。
神はわたしの牧者、わたしは乏しいことがない。(詩編23・1)
よい牧者としてイエス様が一緒におられたら恐れることはありません。
生きるために悪ではなく善をもとめなさい。主はあなたがたとともにおられる。(アモス5・14)
主がともにおられたらどんなことがあっても大丈夫。
神はひとり子をお与えになるほど世を愛してくださった。神を信じる人は永遠のいのちに生きる。(ヨハネ3・16)
生涯をかけてそれに応えましょう。
あなたのいぶきを受けて、わたしは新しくなる。(詩編51・18)
その助けがあるからついて行くことができるのです。
心を尽くして神を愛し、また、自分を愛するように隣人を愛しなさい。(マルコ12・33)
それは難しいがイエス様が助けてくれるから大丈夫です。
心からわたしに立ちもどりなさい。わたしはいつくしみと恵みにあふれる神。(ヨエル2・12-13)
神様があきらめることはなく、わたしたちをいつも待っていてくださいます。
あなたはいのちの道を示してくださる。あなたの前にはあふれる喜び、あなたのもとには永遠の楽しみ。(詩編16・11)
その道を最後まで歩み続けることができるように支えてください。
すべての人の救いを願い、わたしはあなたを待ち望む。(詩編25・4)
すべての人のために、ご自分を十字架の上にお奉げになったので、それを間違いなく成し遂げることができるのです。
谷川の水を求めて、あえぎさまよう鹿のように、神よ、わたしはあなたを慕う。(詩編42・3)
必ずわたしたちの渇きを癒してくださいます。
神のことばは正しく、世々に及び、そのさばきは真実で、すべて正しい。(詩編19・10)
どのようなことがあったとしてもわたしたちを見捨てることはありません。
神は恵みとあわれみに満ち、怒るにおそくいつくしみ深い。(詩編145・8)
わたしたちがどうゆうことをしてしまっても、神様がわたしたちをいつも迎えてくださるのです。
神はわたしたちを愛し、わたしたちの罪のために、和解の供えものとして御子を遣わしてくださった。(一ヨハネ4・10)
それにどのように恩返しをすればよいか考えてみましょう。