主よ、あなたは命の道を示してくださる。あなたの前には溢れる喜び、あなたのもとには永遠の楽しみ。(詩篇16.11)
神様は今日もわたしたちを忘れることなく正しい道に導いてくださる。
安心しましょう。
主よ、あなたは命の道を示してくださる。あなたの前には溢れる喜び、あなたのもとには永遠の楽しみ。(詩篇16.11)
神様は今日もわたしたちを忘れることなく正しい道に導いてくださる。
安心しましょう。
神よ、あなたはいのちの道を示してくださる。あなたの前にはあふれる喜び、あなたのもとには永遠の楽しみ。(詩篇16.11)
今日も神様は間違いなく正しい道を示してくださる。信頼をもって忠実にそれを
歩みましょう。
涙のうちに種まく人は、喜びのうちに刈り取る。種を手に涙を流して出て行く人は、束を抱え、喜びにあふれて帰ってくる。(詩篇126 抜粋)
イエス様に従えば苦労もあるが、実りが何倍も多い。
あなたがたは、(・・・)神の子どもとする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。(ローマ8・15)
神様の霊を頂いているので、わたしたちはほんとの意味の子どもになっています。毎日でも遠慮なく信頼をもってどんなことをも父である神様に願いましょう。
神に渇く者の心は喜びに満たされる。
神を求め、いつもその顔を慕い求めよ。
(詩篇105・3.4)
決して後悔することはないでしょう。
神は、御ひとり子をお与えになるほど世を愛された。それは、御子を信じる者が、一人も滅びることなく、永遠の命を得るためである。
(ヨハネ3.16)
神様は与えてくれるものはいらないものではなく、自分にとって一番大切な御子を与えてくださいました。与えるということは犠牲にされたということです。十字架の苦しみから救い出すことができたのに、わたしたちのためにそうしなかった。わたしたちがその愛にどのように応えたらよいか考えましょう。しかし中途半端なかたちではダメだよ!
収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に祈りなさい。行きなさい。わたしはあなた方を遣わす。」
(ルカ10.2.3)
イエス様がわたしたちの協力を期待しておられます。それに応えるようにいたしましょう。
収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に祈りなさい。行きなさい。わたしはあなた方を遣わす。」
(ルカ10.2.3)
イエス様がわたしたちの協力を期待しておられます。それに応えるようにいたしましょう。
あなたがたの中で偉くなりたいものは、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕となりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を捧げるために来たのである。(マルコ10.44.45)
批判と文句ばっかり言わずに、周りの人の欠点と足りないところを補って赦しましょう。
わたしは道、真理、いのち。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行かれない。
(ヨハネ14・6)
そのようになったら、人生の実りを全て失い無駄に生きてしまうことになります。
みことばを聞いて、それを受け入れる人は百倍の実を結ぶ。
(マルコ4.20参照)
全てのものを造られた神様の言葉ですから必ず豊かに実る。
わたしたちが本気に受け入れるならば。
神に心を閉じてはならない。今日こそ神のことばを聞こう。
(詩篇95。7)
今日も必ずいろんな人や出来事を通して、神様がわたしたちに語られるでしょう。心を閉じないようにいたしましょう
あなたがたは神の子どもである。そのため神は、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊をあなた方の心に注がれた。(ガラテヤ4.6)
イエス様の霊を頂いているので、ほんとの子どもとして神様を父と呼ぶことができるのです。その父をどこにいても呼ぶことができるのです。そして必ずなんらかのかたちで応えてくれるのです。わたしたちはそれを時々わかりませんが、父である神様が御子を犠牲にするほど、いつも忠実に応えてくださいます。
忙しいのに誰も手伝ってくれないと文句を言ったマルタにイエス様が次のようにお答えになりました。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし必要なことは一つだけである。マリアは良い方を選んだ。
それを取り上げてはならない。」(ルカ10.40-42)
おそらくイエス様は同じような叱りをわたしたちにもされるでしょう。
わたしたちも過ぎ去ってしまう事に力を入れ過ぎているのではないでしょうか。
今日はアッシジの聖フランシスコの記念日です。彼は周りに作られたすべてのものを見て兄弟姉妹と呼んでいます。「わたしたちの兄弟、太陽によってあなたを賛美します。太陽は光をもってわたしたちを照らし、その輝きはあなたの姿を現します。」(太陽の賛歌より)
聖フランシスコは、わたしたちの周りのすべてのものは神様から存在と命をいただいたのですべてを兄弟姉妹と呼んでおります。
周りの世界は神様の贈り物だらけなのに毎日ぼんやり過ごすのではなく
その贈り物を受け止めとめて恩返ししましょう。
イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れてきた。
弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子どもたちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」
マルコ10.13)
子どもたちは自分の力がないので頼りやすいし、イエス様への魅力を感じやすいこともあります。大人はよく知っていると思い理屈っぽく、イエス様についていきにくいところがあります。その為にほかのの聖書のところでイエス様がおっしゃております。「子どものようにならなければ決して天の国に入ることはない。」
改心して幼子のようにならなければ、天の国に入ることはできない。
(マタイ18.3)
わたしたちはいろんな事を勉強していろんな技術も身に着けて、もう神様はいらないと感じて、願うことをわすれてしまうことがあります。それは大きな錯覚です。天国を望んでいなければ、神様が無理やりに入れてくれることはありません。
今日、記念する幼いイエスの聖テレジアのように毎日、父である神を忘れないで自分をゆだねて過ごしましょう。