このブログでは、ヴィタリ神父(カトリック山口教会協力司祭・イエズス会)からカトリック山口教会信徒向けに、毎日配信される「今日のみことば」を紹介しています。みなさま方には、このことばを今日一日を生きるヒントにしていただければ幸いです。
イエスは、十字架の上でわたしたちの罪を身に負われた。それは、わたしたちが罪に死んで正しく生きるためである。(一ペトロ2・24)
そのイエス様の期待に応えましょう。
わたしたちすべてのために、ご自分の子さえも惜しまずに死に渡された神は、御子といっしょに、すべてのものをわたしたちに与えてくださる。(ローマ8・32)
わたしたちが、恩返しに何をするかを考えましょう。
よい心で神のことばをたもち、忍耐をもって実を結ぶ人はさいわい。(ルカ8・15)
忍耐をもったら、必ずみことばを結ばせてくださいます。
主は仰せになる。「わたしが地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとに引き寄せる。」(ヨハネ12・32)
それは単なる言葉ではなく、イエス様が死ぬことによってそのようにしてくださる。
悪を行う人が死ぬことなく、神に立ちもどって生きることをかみはのぞんでおられる。(エゼキエル33・11)
神様が、命を与えてくださったのは、死ぬためではなく永遠の命を与えるためです。
わたしは復活であり、いのちである。わたしを信じる人はえい遠に死ぬことはない。(ヨハネ11・25)
イエス様の約束を信じて頑張りましょう。
この世界に入られるとき、主は言われた。「神よ、み旨を行うためにわたしは来ました。」(ヘブライ10・5、7)
それは、わたしたちを救うことがみ旨でした。それで、今からも安心できます。
人はパンによるだけではなく、神のことばによって生きている。(マタイ4・4)
それを忘れないで、毎日すごしましょう。
神はひとり子をお与えになるほど世を愛してくださった。神を信じる人は永遠のいのちに生きる。(ヨハネ3・16)
神様が、ご自分の一番大切なことを与えてくださった。わたしたちもそれに寛大に応えましょう。
母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。たとえ、女たちが忘れようともわたしがあなたを忘れることは決してない。(イザヤ49・15)
神様の固い決意を受けとめて、恐れなく毎日過ごしましょう。
神はわたしの牧者、わたしは乏しいことがない。神はわたしを緑のまきばに導き、いこいの水辺に伴われる。(詩編23・1-2)
イエス様は、そうするために苦しみを忍んで、十字架上で亡くなられた。
義人ヨセフは神の母おとめマリアの夫に選ばれ、誠実賢明なしもべとして御ひとり子、イエス・キリストを養い育てました。(聖ヨセフの記念日の叙唱から)
わたしたちが、イエス様によって救われます。しかしながら、聖ヨセフの働きなしにそれはあり得なかったのです。
わたしは世の光。わたしに従う人はいのちの光をもっている。(ヨハネ8・12)
それによって、まちがいなく幸せになれるのです。
心を尽くして神をたたえ、すべての恵みを心に留めよう。(詩編103・2)
神様が、今日もわたしたちを忘れていません。わたしたちも神様を忘れないようにいたしましょう。
「日本の信徒発見の聖母」の祝日にあたって
日本のキリシタンは厳しい迫害に耐え、七代にわたって信仰を守り抜きました。(集会祈願)
わたしたちも手渡された信仰を、どんなことがあっても次の世代に手渡すようにいたしましょう。
わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている。(ルカ11・23)
どうしてもイエス様が、協力していただきたいのです。それによって、わたしたちが天国で一緒になれるのです。
あなたはいのちの道を示してくださる。あなたの前にはあふれる喜び、あなたのもとには永遠の楽しみ。(詩編16・11)
イエス様の案内は、まちがいなく、わたしたちが幸せになれるところまで導いてくれます。
心からわたしに立ちもどりなさい。わたしはいつくしみと恵みにあふれる神。(ヨエル2・12、13)
どういうことがあったとしても、父である神様が迎えてくださいます。
わたしの魂は主の庭を慕い、心もからだも神を求めて叫ぶ。(詩編84・3)
神様が、必ずわたしたちの叫びに応えてくださいます。
主よ、あなたはまことに世のすくい主。もうかわくことのないように、いのちの水をあたえてください。(ヨハネ4・42)
それによって、わたしたちが永遠に生きることができるのです。
神は恵みとあわれみに満ち、怒るにおそくいつくしみ深い。(詩編145・8)
どういうことがあったとしても、神様がわたしたちを迎えてくださり、新しい出発をさせてくださいます。
神はわたしたちを愛し、わたしたちの罪のために、和解の供えものとして御子を遣わしてくださった。(ヨハネ4・10)
そこまでしてくださった神様が、どういうことがあってもわたしたちを見捨てることはない。
神はひとり子をお与えになるほど、世を愛してくださった。神を信じる人は永遠のいのちに生きる。(ヨハネ3・16)
神様が御子によって、一番大切なことを与えてくださった。それを通して、わたしたちを本気で永遠の幸せに導こうとしております。
しあわせな人、道からそれず、神の教えに従って生きる人。(詩編119・1)
わたしたちが道を間違がったら、この人生を無駄にしてしまいます。神様が示してくださった道を歩みましょう。
わたしは世の光。わたしに従う人はいのちの光をもっている。(ヨハネ8・12)
まちがいなく、イエス様がわたしたちを良いところに案内してくれるのです。
神よ、死の眠りにつかないように、わたしの目に光を与えてください。(詩編13・4)
それによって、わたしたちはあなたと共に永遠に生きることができるのです。
天の父が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となりなさい。(ルカ6・36)
わたしたちはそれを時々忘れるので、思いださせてください。
神よ、いつくしみを示し、わたしたちを救ってください。(詩編26・11)
わたしたちは自分ではなにもできませんので、憐れんでください。
神よ、あなたの顔をわたしは慕い求める。あなたの顔をわたしに隠さないでください。(詩編27・8-9)
時々神様の顔が、隠れます。それはわたしたちのせいです。一日中でもう少し神様のことを思い出しましょう。
天の父が完全であるように、あなたがたも完全でありなさい。(マタイ5・48)
大変難しいですが、イエス様の助けで出来ます。
わたしは神である。罪びとの死を望まない。わたしのもとに立ち帰って生きることを喜ぶ。(エゼキエル33・11)
イエス様がそのように、絶えず私たちを待っていてくださっています。
すべて求める人は受け、探す人は見いだし、戸をたたく人には開かれる。(マタイ7・8)
疲れることなく、たえずイエス様にわたしたちの必要なことを願いましょう。
神よ、わたしのうちに清い心を造り、あなたのいぶきでわたしを強め、新たにしてください。(詩編51・12)
そのようにしてくださらないと、わたしたちがあなたについて行くことができないのです。
神よ、あなたは代々にわたってわたしたちの逃れ場。(詩編90・1)
いつでもどんな場合でも、神様に頼れる。