わたしの子たちよ、これらのことを書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。たとえ罪を犯しても、御父のもとに弁護者、正しいかた、イエス・キリストがおられます。この方こそ、わたしたちの罪、いや、わたしたちの罪ばかりでなく、全世界の罪を償ういけにえです。(1ヨハネの手紙2・1.2)
わたしたちは弱くて罪を犯してしまいます。それにしても諦めずにイエス様に罪を赦していただいて、また頑張りましょう。
わたしの子たちよ、これらのことを書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。たとえ罪を犯しても、御父のもとに弁護者、正しいかた、イエス・キリストがおられます。この方こそ、わたしたちの罪、いや、わたしたちの罪ばかりでなく、全世界の罪を償ういけにえです。(1ヨハネの手紙2・1.2)
わたしたちは弱くて罪を犯してしまいます。それにしても諦めずにイエス様に罪を赦していただいて、また頑張りましょう。
みことばは人となり、わたしたちの内にお住みになった。わたしたちはみんなこの方の満ち溢れる豊かさの中から恵みを受けた。(ヨハネ1・14.16)
間違えなくお願いさえすれば来年も受けられるでしょう。
エリザベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子様も祝福されています。わたしの主のお母様が私のところに来て下さるとは、どういう訳でしょう。あなたのあいさつのお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んで踊りました。主がおっしゃたことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」(ルカ1.41-45)
イエス様はわたしたちに対しても約束を守るのです。そのためにご自分が十字架につけられることを受け入れたのです。その大きな愛に応えるようにいたしましょう。
主の道を備え、その小道を整えよう。すべての人は神の救いを見る。
(ルカ3.4+6)
求めるならば必ずわたしたちもそれを見るでしょう。
わたしについて来たい者は自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。(マタイ16.24)
イエス様のように人々の救いに役に立ちたいならば、自分の十字架を背負うことの他にない。
あなたがたは、わたしが試練の中にあった時にもわたしについて来た。あなたがたに父の国を与えよう。そこでわたしとともに食卓につきなさい。(ルカ22.28)
イエス様についていくために犠牲があります。しかし損することなく最終的に大きな徳になります。
主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め子羊を懐に抱き、その母を導いていかれる。(イザヤの予言40.11)
子羊も、その母の面倒見るのはやさしいことではありません。神様がわたしたちに対しておなじことをなさっておられます。
諸国の民よ、主のことばを聞き、これを地の果てまで告げよ。「救い主が来られる。もはや恐れることはない。」(エレミヤ31.10)
神の子イエスがわたしたちの仲間になられた。
それなので、わたしたちがなにも恐れることはありません。
イスラエルの神、主はは言われる。まことに、シオンの民、エルサレムに住む者よ。もはや泣くことはない。主はあなたの呼ぶ声にこたえて必ず恵みを与えられる。主がそれを聞いて、直ちにこたえて下さる。(イザヤ30.19)
そのために今日も安心して過ごしましょう。
皆さん、〕主を信じる者は誰も失望することがないと書いてあります。
ユダヤ人とギリシャ人の区別はなく、すべての人に同じ主がおられ、ご自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです。「主の名を呼び求める者は誰でも救われる」のです。(使徒パウロのローマの教会への手紙10.11-13)
イエス様がすべての人のために自分をお捧げになりました。どんな人の中にも自分の協力者を探して私たちのすべてを救おうとしておられます。そのイエス様の期待に応えるように今日も務めましょう。
諸国の民よ。主のことばを聞け。遠くの島々に告げ知らせて言え。イスラエルを知らしたものがこれを集め牧者が群れを飼うように、これを守る。
(エレミア31.10)
イエス様はどうしても私たちを救いたいので、私たちのような人間になって生まれた。
〔そのとき、〕イエスは目を上げて、金持ちたちが賽銭箱に献金を入れられるのを見ておられた。そして、ある貧しいやもめがレプトン銅貨2枚を入れるのをみて、言われた。「
確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである。」(ルカ21.1-4)
犠牲なしには本当のの愛を示すことができないでしょう
ある日、イエスはザアカイの家に泊まりに行かれた。それを見た人々は皆つぶやいて言った。「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」ザアカイはイエスを迎えて言った。「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。」
それにイエス様が言われた。「人の子は、失われたものを探して救うために来たのである。」(ルカ19.5-10)
厳しさよりもやさしさで、多くのことが得られることでしょう。
イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が「ダビデの子イエスよ、私を憐れんでください」と叫んだ。イエスは立ち止まって、盲人をそばに連れてくるように命じられた。彼が近づくと、イエスはお尋ねになった。「なにをしてほしいのか。」盲人は「主よ、目が見えるようになりたいのです。」と言った。
そこで、イエスは言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。」盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。(ルカ18・35-43)
イエス様が、誰も世話をしない盲人を知らなくても、その願いを受け留めて彼を治されたのです。どういう事があっても、わたしたちも困ったことがあればイエス様にうちあけて願いましょう。必ずなんらかのかたちで応えてくれるでしょう。
わたしは絶えず神を思う。神はわたしのそばにおられ、わたしは決してゆるがない。(詩篇16.8)
今日も神様が一緒におられますので安心して過ごしましょう。
福音によって神はわたしたちを召し出し、主イエス・キリストの栄光にあずかるものとしてくださった。(2テサロニケ14参照)
この神様の期待に応えられるように今日も頑張りましょう。
自分の命を生かそうと努める者は、それを失い、それを失う者はかえって保つのである。(ルカ17.33)
命を神様からいただいたのです。自分でなんとかしようとしてもそれは無理です。与えられた命は神様によってのみ支えられているのです。
あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。(1コリント3・16.17)
すべての人間は神様を宿しております。したがって神様に示している尊敬を人間にも示さなければならいことでしょう。
あなたがたはいのちのことばを保って、ともしびのように世を照らしなさい。
(フィリピ2.16参照)
わたしたちが住んでいるまちの人々に対して、こんな大きな責任を持っております。間違いなくイエス様はそれを果たしたかどうかを問われるでしょう。
まず、神の国とその義とを求めよ。そうすれば、それは加えて、すべての必要なものが与えられる。(マタイ6.33参照)
神様はケチではないのです。寛大な方なのでわたしたちが考える以上に必ずしてくださいます。
信じる者にとって、死は滅びではなく、新たないのちへの門であり、地上の生活を終わった後も、天に永遠の住かが備えられています(死者の日のミサ 叙唱より)
あきらめることなく頑張れば、先立たれた家族にまた会える。
天の国に上げられたわたしたちの兄弟は勝利の栄冠を受け、あなたの豊かな恵みを讃えています。わたしたちもその模範に励まされ、永遠のふるさとに向かって信仰の旅を続けます。(諸聖人の日 叙唱)
わたしたちも旅の途中ですが諸聖人の取次ぎを願って無事に着きますように。
主よ、あなたは命の道を示してくださる。あなたの前には溢れる喜び、あなたのもとには永遠の楽しみ。(詩篇16.11)
神様は今日もわたしたちを忘れることなく正しい道に導いてくださる。
安心しましょう。
神よ、あなたはいのちの道を示してくださる。あなたの前にはあふれる喜び、あなたのもとには永遠の楽しみ。(詩篇16.11)
今日も神様は間違いなく正しい道を示してくださる。信頼をもって忠実にそれを
歩みましょう。
涙のうちに種まく人は、喜びのうちに刈り取る。種を手に涙を流して出て行く人は、束を抱え、喜びにあふれて帰ってくる。(詩篇126 抜粋)
イエス様に従えば苦労もあるが、実りが何倍も多い。
あなたがたは、(・・・)神の子どもとする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。(ローマ8・15)
神様の霊を頂いているので、わたしたちはほんとの意味の子どもになっています。毎日でも遠慮なく信頼をもってどんなことをも父である神様に願いましょう。
神に渇く者の心は喜びに満たされる。
神を求め、いつもその顔を慕い求めよ。
(詩篇105・3.4)
決して後悔することはないでしょう。
神は、御ひとり子をお与えになるほど世を愛された。それは、御子を信じる者が、一人も滅びることなく、永遠の命を得るためである。
(ヨハネ3.16)
神様は与えてくれるものはいらないものではなく、自分にとって一番大切な御子を与えてくださいました。与えるということは犠牲にされたということです。十字架の苦しみから救い出すことができたのに、わたしたちのためにそうしなかった。わたしたちがその愛にどのように応えたらよいか考えましょう。しかし中途半端なかたちではダメだよ!
収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に祈りなさい。行きなさい。わたしはあなた方を遣わす。」
(ルカ10.2.3)
イエス様がわたしたちの協力を期待しておられます。それに応えるようにいたしましょう。
収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に祈りなさい。行きなさい。わたしはあなた方を遣わす。」
(ルカ10.2.3)
イエス様がわたしたちの協力を期待しておられます。それに応えるようにいたしましょう。
あなたがたの中で偉くなりたいものは、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕となりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を捧げるために来たのである。(マルコ10.44.45)
批判と文句ばっかり言わずに、周りの人の欠点と足りないところを補って赦しましょう。
わたしは道、真理、いのち。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行かれない。
(ヨハネ14・6)
そのようになったら、人生の実りを全て失い無駄に生きてしまうことになります。
みことばを聞いて、それを受け入れる人は百倍の実を結ぶ。
(マルコ4.20参照)
全てのものを造られた神様の言葉ですから必ず豊かに実る。
わたしたちが本気に受け入れるならば。
神に心を閉じてはならない。今日こそ神のことばを聞こう。
(詩篇95。7)
今日も必ずいろんな人や出来事を通して、神様がわたしたちに語られるでしょう。心を閉じないようにいたしましょう
あなたがたは神の子どもである。そのため神は、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊をあなた方の心に注がれた。(ガラテヤ4.6)
イエス様の霊を頂いているので、ほんとの子どもとして神様を父と呼ぶことができるのです。その父をどこにいても呼ぶことができるのです。そして必ずなんらかのかたちで応えてくれるのです。わたしたちはそれを時々わかりませんが、父である神様が御子を犠牲にするほど、いつも忠実に応えてくださいます。
忙しいのに誰も手伝ってくれないと文句を言ったマルタにイエス様が次のようにお答えになりました。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし必要なことは一つだけである。マリアは良い方を選んだ。
それを取り上げてはならない。」(ルカ10.40-42)
おそらくイエス様は同じような叱りをわたしたちにもされるでしょう。
わたしたちも過ぎ去ってしまう事に力を入れ過ぎているのではないでしょうか。
今日はアッシジの聖フランシスコの記念日です。彼は周りに作られたすべてのものを見て兄弟姉妹と呼んでいます。「わたしたちの兄弟、太陽によってあなたを賛美します。太陽は光をもってわたしたちを照らし、その輝きはあなたの姿を現します。」(太陽の賛歌より)
聖フランシスコは、わたしたちの周りのすべてのものは神様から存在と命をいただいたのですべてを兄弟姉妹と呼んでおります。
周りの世界は神様の贈り物だらけなのに毎日ぼんやり過ごすのではなく
その贈り物を受け止めとめて恩返ししましょう。
イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れてきた。
弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子どもたちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」
マルコ10.13)
子どもたちは自分の力がないので頼りやすいし、イエス様への魅力を感じやすいこともあります。大人はよく知っていると思い理屈っぽく、イエス様についていきにくいところがあります。その為にほかのの聖書のところでイエス様がおっしゃております。「子どものようにならなければ決して天の国に入ることはない。」
改心して幼子のようにならなければ、天の国に入ることはできない。
(マタイ18.3)
わたしたちはいろんな事を勉強していろんな技術も身に着けて、もう神様はいらないと感じて、願うことをわすれてしまうことがあります。それは大きな錯覚です。天国を望んでいなければ、神様が無理やりに入れてくれることはありません。
今日、記念する幼いイエスの聖テレジアのように毎日、父である神を忘れないで自分をゆだねて過ごしましょう。
天使の守りのもとに、力強く救いの道を進むことができますように。
(今日の、大天使 聖ミカエル、聖ガブリエル、聖ラファエル ミサより)
天使の取り次ぎを願って、よく祈りました。最近はそれは薄れてきましたが、神様はわたし達を守るため、天使も付けてくださいました。その取り次ぎを願いましょう。伝統的に次の祈りが唱えられてきました。
「守護の天使への祈り」
わたしの守護の天使、主のいつくしみによってあなたに委ねられたわたしを照らし、守り、導いてください。アーメン