2021/12/28

わたしの子たちよ、これらのことを書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。たとえ罪を犯しても、御父のもとに弁護者、正しいかた、イエス・キリストがおられます。この方こそ、わたしたちの罪、いや、わたしたちの罪ばかりでなく、全世界の罪を償ういけにえです。(1ヨハネの手紙2・1.2)

わたしたちは弱くて罪を犯してしまいます。それにしても諦めずにイエス様に罪を赦していただいて、また頑張りましょう。


2021/12/27

みことばは人となり、わたしたちの内にお住みになった。わたしたちはみんなこの方の満ち溢れる豊かさの中から恵みを受けた。(ヨハネ1・14.16)

間違えなくお願いさえすれば来年も受けられるでしょう。

2021/12/25

大きな喜びをあなたがたに告げ知らせよう。きょうわたしたちに救い主が生まれた。(ルカ2・10)


約束してくださるイエス様が十字架の前に逃げることなくどういうことがあってもそれを必ず守る。信頼しましょう!

2021/12/24

「主に先立って行き、その道を整え、主の民に罪の赦しによる救いを知らせるからである。これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く。」(ルカ1・76-79)


来年もそうなりますように祈って努めましょう!

2021/12/23

主は仰せになる。「わたしは戸口に立ってたたく。わたしの声を聞き、戸を開くなら、わたしは中に入ってその人と食事をともにする。」(黙示録3・20)


今年の御降誕にもイエス様は待っています。戸をたたいたらいつでも中に入れてくれる。共に食卓に着く。

2021/12/22

〔エリサベトに答えて〕、マリアは言った。
「主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。」(ルカ1・51-53)


マリア様は神様の働きをそのように見られております。私たちもマリア様の様に期待することができます。今週祝うクリスマスはそれを思い出さされます。

2021/12/21

エリザベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子様も祝福されています。わたしの主のお母様が私のところに来て下さるとは、どういう訳でしょう。あなたのあいさつのお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んで踊りました。主がおっしゃたことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」(ルカ1.41-45)

イエス様はわたしたちに対しても約束を守るのです。そのためにご自分が十字架につけられることを受け入れたのです。その大きな愛に応えるようにいたしましょう。


2021/12/19

すべてを治める神よ、あなたの力を現し、わたしたちを救いに来てください。わたしたちを新たにし、あなたの顔の輝きで救ってください。(詩編80・3-4)


神さまが必ず約束を守ります。遅れているとしても、心配なく必ず来られる。

2021/12/18

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。
その名はインマヌエルと呼ばれる。」
この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れた。(マタイ1・23)


神は我らと共におられるならば何も恐れることはない。来年も。

2021/12/17

主の道を備え、その小道を整えよう。すべての人は神の救いを見る。

(ルカ3.4+6)

求めるならば必ずわたしたちもそれを見るでしょう。


2021/12/16

主の道を備え、その小道を整えよ。すべての人は神の救いを見る。(ルカ3・4)


クリスマスを迎えるにあたって、もう少しイエス様に近く従いましょう。

2021/12/15

主は来られる、すぐに来られる。主は暗やみにかくれたものを照らし、万民にご自分を現される。(ハバクク2・3,一コリント4・5参照)


クリスマスにあたってプレゼントをもらおうと思ったら、私たちもイエス様にプレゼントを差し上げましょう。

2021/12/14

わたしについて来たい者は自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。(マタイ16.24)

イエス様のように人々の救いに役に立ちたいならば、自分の十字架を背負うことの他にない。


2021/12/13

あなたがたは、わたしが試練の中にあった時にもわたしについて来た。あなたがたに父の国を与えよう。そこでわたしとともに食卓につきなさい。(ルカ22.28)

イエス様についていくために犠牲があります。しかし損することなく最終的に大きな徳になります。

2021/12/12

主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。(フィリピ4・5)

次のクリスマスはチャンスです。それを見失わないようにいたしましょうね!

2021/12/11

主の道を備え、その小道を整えよ。すべての人は神の救いを見る。(ルカ3・4)


その御子において、神の救いを見てあずかることが出来る。そのチャンスを見失わないでね。

2021/12/10

わたしたちは、救い主イエス・キリストが来られるのを待ち望んでいる。主はわたしたちのみじめなからだを、ご自分の栄光のからだと同じ姿に変えてくださる。(フィリピ3・20-21)

イエス様はケチではなく持っているものすべてを与えてくださっております。私たちも同じ寛大さを持ってそれに応えましょう。

2021/12/09

わたしは主、あなたの神。
あなたの右の手を固く取って言う
恐れるな、わたしはあなたを助ける、と。(イザヤの預言41-13)


それは荘厳な神さまの約束のように述べられております。間違いなく守られるので、今日も安心して過ごしましょう。

2021/12/08

天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。(エフェソの教会への手紙1-4)

神さまは、思わずなんとなく、私たちに命を与えてくださったのではなく、永遠からそれを計画されたことです。その固い決意があったので、私たちは生まれて生きております。

2021/12/7

主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め子羊を懐に抱き、その母を導いていかれる。(イザヤの予言40.11)

子羊も、その母の面倒見るのはやさしいことではありません。神様がわたしたちに対しておなじことをなさっておられます。

2021/12/5

諸国の民よ、主のことばを聞き、これを地の果てまで告げよ。「救い主が来られる。もはや恐れることはない。」(エレミヤ31.10)

神の子イエスがわたしたちの仲間になられた。

それなので、わたしたちがなにも恐れることはありません。

2021/12/05

あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように。(使徒パウロのフィリピの教会への手紙1ー8より)

そのようにしてイエス様の誕生を祝い、周りの人にも喜んでもらうことが出来るのです。

2021/12/4

イスラエルの神、主はは言われる。まことに、シオンの民、エルサレムに住む者よ。もはや泣くことはない。主はあなたの呼ぶ声にこたえて必ず恵みを与えられる。主がそれを聞いて、直ちにこたえて下さる。(イザヤ30.19)

そのために今日も安心して過ごしましょう。

2021/12/03

すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。(第一コリント22-23)


今日記念する、聖フランシスコ・ザビエルもパウロの様に、行き先をよく分からずに出かけて福音を述べ伝えました。
主イエスにつかわされたと思い、どんな危険があるとしても大丈夫だと思って出かけました。

2021/12/02

(そのとき、イエスは弟子たちに言われた。)「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。」(マタイ7・21)


神への愛を言葉だけで済ますことはできない。イエス様が示された模範のように、行いを持って私たちの信仰の真意を示すことが出来る。

2021/12/01

イエスはガリラヤ湖のほとりに行かれた。そして、山に登って座っておられた。
弟子たちを呼び寄せて言われた。「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。空腹のままで解散させたくはない。途中で疲れ切ってしまうかもしれない。」
イエスが「パンは幾つあるか」と言われると、弟子たちは、「七つあります。それに、小さい魚が少しばかり」と答えた。(マタイ15・29)
イエスはそれを取って増やしてみんなに食べさせた。


イエス様はわたし達を見て、間違いなくかわいそうと思ってくださるでしょう。どういうことがあっても、必ずイエス様が助けてくださる。間違いなくそうされると思います。

2021/11/30

皆さん、〕主を信じる者は誰も失望することがないと書いてあります。

ユダヤ人とギリシャ人の区別はなく、すべての人に同じ主がおられ、ご自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです。「主の名を呼び求める者は誰でも救われる」のです。(使徒パウロのローマの教会への手紙10.11-13)

イエス様がすべての人のために自分をお捧げになりました。どんな人の中にも自分の協力者を探して私たちのすべてを救おうとしておられます。そのイエス様の期待に応えるように今日も務めましょう。


2021/11/29

諸国の民よ。主のことばを聞け。遠くの島々に告げ知らせて言え。イスラエルを知らしたものがこれを集め牧者が群れを飼うように、これを守る。

(エレミア31.10)

イエス様はどうしても私たちを救いたいので、私たちのような人間になって生まれた。

2021/11/27

目ざめていつも祈っていなさい、人の子の前にふさわしく立つことができるように。(ルカ21・36)


そのように毎日イエス様を思い出して祈るならば、その前に出るのは恐ろしさよりも喜びを持って出会うことが出来るのです。

2021/11/26

はっきり言っておく。すべてのことが起こるまでは、この時代は決して滅びない。天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。(ルカ21・33)


イエス様は言葉だけの約束はしない。命をかけた上で約束されました。

2021/11/25

見よ、わたしはすべてを新しくする。わたしはアルファであり、オメガである。渇く者にはいのちの泉から飲ませる。(黙示録21・5,6参照)


イエス様は私たちを決して裏切ることなく、最後に必ず救いに導いてくださる。

2021/11/24

その時イエスは仰せになった。「わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」(ルカ21・17−19)


イエス様に従うのに困難や苦しみが多いが、イエス様は必ず「私たちを守ってくださる」という約束をしてくださいます。

2021/11/22

〔そのとき、〕イエスは目を上げて、金持ちたちが賽銭箱に献金を入れられるのを見ておられた。そして、ある貧しいやもめがレプトン銅貨2枚を入れるのをみて、言われた。「

確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである。」(ルカ21.1-4)

犠牲なしには本当のの愛を示すことができないでしょう

2021/11/21

神は王。栄光に満ち、偉大な力を身に帯びておられる。神は世界をゆるぎなく建て、とこしえに玉座をすえ、永遠に座しておられる。(詩編93・1-2)


どういうことがあっても神さまは約束を守られる。その御子イエスが十字架の上で亡くなられるのを赦したことはその印になる。

2021/11/20

次の世に入って死者の中から復活するのにふさわしいとされた人々は、めとることも嫁ぐこともない。この人たちは、もはや死ぬことがない。天使に等しい者であり、復活にあずかる者として、神の子だからである。(ルカ20・34〜37)


この人生の目標を忘れることなく今日も過ごしましょう。必ずそれに達することが出来るように、毎日努力しましょう。

2021/11/19

神よ、あなたが息を送られるとすべては生き、地の面は新たにされる。(詩編104・30)

主よ、今日もお願いいたします。

2021/11/18

エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた。「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。」(ルカ19・41)


イエス様がエルサレムを救いたいので何らかの協力を求める、しかしその市民の反応が無いので何もできません。ですから、泣いておられるのです。私たちを見ておられるイエス様はどのように感じておられるのでしょうか。

2021/11/17

あなたがたを世から選んだのは、あなたがたが行って実を結び、その実が残るためである。(ヨハネ15・16)

イエス様に期待されております。それに応えるように今日も過ごしましょう。

2021/11/16

ある日、イエスはザアカイの家に泊まりに行かれた。それを見た人々は皆つぶやいて言った。「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」ザアカイはイエスを迎えて言った。「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。」

それにイエス様が言われた。「人の子は、失われたものを探して救うために来たのである。」(ルカ19.5-10)

厳しさよりもやさしさで、多くのことが得られることでしょう。


2021/11/15

イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が「ダビデの子イエスよ、私を憐れんでください」と叫んだ。イエスは立ち止まって、盲人をそばに連れてくるように命じられた。彼が近づくと、イエスはお尋ねになった。「なにをしてほしいのか。」盲人は「主よ、目が見えるようになりたいのです。」と言った。

そこで、イエスは言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。」盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。(ルカ18・35-43)

イエス様が、誰も世話をしない盲人を知らなくても、その願いを受け留めて彼を治されたのです。どういう事があっても、わたしたちも困ったことがあればイエス様にうちあけて願いましょう。必ずなんらかのかたちで応えてくれるでしょう。


2021/11/14

わたしは絶えず神を思う。神はわたしのそばにおられ、わたしは決してゆるがない。(詩篇16.8)


今日も神様が一緒におられますので安心して過ごしましょう。

2021/11/13

福音によって神はわたしたちを召し出し、主イエス・キリストの栄光にあずかるものとしてくださった。(2テサロニケ14参照)

この神様の期待に応えられるように今日も頑張りましょう。


2011/11/12

自分の命を生かそうと努める者は、それを失い、それを失う者はかえって保つのである。(ルカ17.33)

命を神様からいただいたのです。自分でなんとかしようとしてもそれは無理です。与えられた命は神様によってのみ支えられているのです。

2021/11/11

わたしの兄弟の最も小さな者にしたことはわたしにしたのである。(マタイ25・40)


イエス様がわたしの兄弟とおっしゃるのは、わたし達の人間の全てです。したがって、どんな人間に対しても親切にするということになります。がんばりましょう!

2021/11/10

すべてについて感謝しなさい。神はキリスト・イエスのうちにあって、あなたがたにこれを望んでおられる。(一 テサロニケ5・18)


神さまは、私たちに役立たないことを望んでおられない。したがって、神さまが望まれることなら苦しくても信頼を持っていたしましょう。

2021/11/09

あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。(1コリント3・16.17)


すべての人間は神様を宿しております。したがって神様に示している尊敬を人間にも示さなければならいことでしょう。

2021/11/08

あなたがたはいのちのことばを保って、ともしびのように世を照らしなさい。

(フィリピ2.16参照)

わたしたちが住んでいるまちの人々に対して、こんな大きな責任を持っております。間違いなくイエス様はそれを果たしたかどうかを問われるでしょう。

2021/11/7

神よ、日夜わたしはあなたに叫ぶ。あなたの前にわたしの祈りを、あなたの耳にわたしの叫びを。(詩編88・2)


私たちは、昼も夜も絶えず主の助けを必要とする人間です。恐れ無しにイエス様にいつでも何でも願いましょう。

2021/11/6

イエス・キリストは富んでおられたのに貧しくなられた。あなたがたがキリストの貧しさによって富むように。(二 コリント8・9)

イエス様は大きな愛によって、私たちの罪の赦しを得るためにご自分を十字架の上で犠牲にされました。それで私たちにこの天国への道が再び開かれてきました。

2021/11/05

まず、神の国とその義とを求めよ。そうすれば、それは加えて、すべての必要なものが与えられる。(マタイ6.33参照)

神様はケチではないのです。寛大な方なのでわたしたちが考える以上に必ずしてくださいます。

2021/11/4

労苦して重荷を負っている者はわたしのもとに来なさい。わたしはあなたがたを回復させよう。(マタイ11・28)


私たちは余計なことに囚われすぎている。いろんなことに流されないで、周りの人とイエス様が、助けと喜びになる事に心をとめましょう。

2021/11/02

信じる者にとって、死は滅びではなく、新たないのちへの門であり、地上の生活を終わった後も、天に永遠の住かが備えられています(死者の日のミサ 叙唱より)

あきらめることなく頑張れば、先立たれた家族にまた会える。

2021/11/01

天の国に上げられたわたしたちの兄弟は勝利の栄冠を受け、あなたの豊かな恵みを讃えています。わたしたちもその模範に励まされ、永遠のふるさとに向かって信仰の旅を続けます。(諸聖人の日 叙唱)

わたしたちも旅の途中ですが諸聖人の取次ぎを願って無事に着きますように。


2021/10/31

主よ、あなたは命の道を示してくださる。あなたの前には溢れる喜び、あなたのもとには永遠の楽しみ。(詩篇16.11)

神様は今日もわたしたちを忘れることなく正しい道に導いてくださる。

安心しましょう。

2021/10/30

「主よ、主よ」という人が皆、天の国に入るのではない。父のみ旨を行う人だけが入る。(マタイ7・11)


言葉だけでは足りません。行いも必要なのです!

2021/10/29

神よ、あなたはいのちの道を示してくださる。あなたの前にはあふれる喜び、あなたのもとには永遠の楽しみ。(詩篇16.11)

今日も神様は間違いなく正しい道を示してくださる。信頼をもって忠実にそれを

歩みましょう。

2021/10/28

イエスは弟子に答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。」(ヨハネ14・23)


私たちはいつもぼんやりして、父と子と聖霊が一緒に住んでいることを考えないが、イエス様はそのように約束してくださっております。

2021/10/27

神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。(ローマ8・28)


神さまが思わずなんとなく、私たちに命を与えてくださったわけではありません。イエス様と一緒に働く者として、この命をいただいたわけです。

2021/10/25

涙のうちに種まく人は、喜びのうちに刈り取る。種を手に涙を流して出て行く人は、束を抱え、喜びにあふれて帰ってくる。(詩篇126 抜粋)

イエス様に従えば苦労もあるが、実りが何倍も多い。

2021/10/25

あなたがたは、(・・・)神の子どもとする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。(ローマ8・15)

神様の霊を頂いているので、わたしたちはほんとの意味の子どもになっています。毎日でも遠慮なく信頼をもってどんなことをも父である神様に願いましょう。

2021/10/24

神に渇く者の心は喜びに満たされる。

神を求め、いつもその顔を慕い求めよ。

(詩篇105・3.4)

決して後悔することはないでしょう。

2021/10/23

わたしの父に祝福された人たちよ、世の初めから、あなたがたのために備えられた国を継ぎなさい。(マタイ25・34)


イエス様が苦労して父である神さまへの道を開いてくださいました。必ずそれを歩み続けて神さまの幸せに与るように努めましょう。

2021/10/22

天と地の主である父はたたえられますように。あなたは神の国のことを幼子たちに現してくださった。(マタイ11・25)

私たちは大人になっても小さい者です。私たちにも現わしてください。

2021/10/21

神が恵みを注がれると、平和が再びわたしに訪れる。わたしは神の前を歩む、神に生きる人々の中で。(詩編116・7-9)


今日も、きっと神さまが恵みを注いでくださる。それをお願いするならば。

2021/10/20

あなたがたは神の子どもである。そのため神は、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊をあなたがたの心に注がれた。(ガラテヤ4・6)


しかも神さまはどういうことがあっても私たちを忘れることなく、自分の子である私たちを赦して助けようとされております。信頼して今日も神さまを思い出して一日を過ごしましょう。

2021/10/19

神は、御ひとり子をお与えになるほど世を愛された。それは、御子を信じる者が、一人も滅びることなく、永遠の命を得るためである。

(ヨハネ3.16)

神様は与えてくれるものはいらないものではなく、自分にとって一番大切な御子を与えてくださいました。与えるということは犠牲にされたということです。十字架の苦しみから救い出すことができたのに、わたしたちのためにそうしなかった。わたしたちがその愛にどのように応えたらよいか考えましょう。しかし中途半端なかたちではダメだよ!

2021/10/18

収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に祈りなさい。行きなさい。わたしはあなた方を遣わす。」

(ルカ10.2.3)

イエス様がわたしたちの協力を期待しておられます。それに応えるようにいたしましょう。

2021/10/17

収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に祈りなさい。行きなさい。わたしはあなた方を遣わす。」

(ルカ10.2.3)

イエス様がわたしたちの協力を期待しておられます。それに応えるようにいたしましょう。

2021/10/17

あなたがたの中で偉くなりたいものは、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕となりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を捧げるために来たのである。(マルコ10.44.45)

批判と文句ばっかり言わずに、周りの人の欠点と足りないところを補って赦しましょう。

2021/10/16

イエスは弟子たちに言われた。
"だれでも人びとの前で自分をわたしの仲間であると言い表わす者は、人の子も神の天使たちの前で、その人を自分の仲間であると言い表わす。しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、神の天使たちの前で知らないと言われる。"(ルカ12・8-9)


してもらう事だけでは甘い!恩返ししなければならないでしょう。今日もそう考えて過ごしましょう。

2021/10/15

イエス様は次のようにおっしゃっております。
五羽の雀が二アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。それどころか、あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。(ルカ12・6-7)

イエス様は、私たちが良くなくても、間違いなく雀よりも今日も大事にしてくれるでしょう。

2021/10/14

わたしは道、真理、いのち。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行かれない。

(ヨハネ14・6)

 

 

そのようになったら、人生の実りを全て失い無駄に生きてしまうことになります。

2021/10/13

民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。
あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。
神は、われらの避け所である。  (詩編62・8)


神さまが私たちを裏切ることなく、忠実であるためにその御子イエス様を犠牲にしました。それで今日も安心して過ごしましょう。

2021/10/12

みことばを聞いて、それを受け入れる人は百倍の実を結ぶ。

(マルコ4.20参照)

全てのものを造られた神様の言葉ですから必ず豊かに実る。

わたしたちが本気に受け入れるならば。

2021/10/11

神に心を閉じてはならない。今日こそ神のことばを聞こう。

(詩篇95。7)

今日も必ずいろんな人や出来事を通して、神様がわたしたちに語られるでしょう。心を閉じないようにいたしましょう

2021/10/10

神の御前では隠れた被造物は一つもなく、すべてのものが神の目には裸であり、さら
け出されているのです。この神に対して、わたしたちは自分のことを申し述べねばな
りません。
(ヘブライ人の手紙4・13)


神さまは警察官ではありません。私たちの事をすべて見られるのは私たちを助けるた
めです。

2021/10/09

神はわたしの光、わたしの救い、わたしは誰も恐れない。
神はわたしの命の砦、わたしは誰をこわがろう。 (詩編27・1)


神さまは全てを見越しておられる。私たちを健全な道に導くことが出来る。安心して
ついて行きましょう。

2021/10/08

あなたがたは神の子どもである。そのため神は、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊をあなた方の心に注がれた。(ガラテヤ4.6)

イエス様の霊を頂いているので、ほんとの子どもとして神様を父と呼ぶことができるのです。その父をどこにいても呼ぶことができるのです。そして必ずなんらかのかたちで応えてくれるのです。わたしたちはそれを時々わかりませんが、父である神様が御子を犠牲にするほど、いつも忠実に応えてくださいます。

2021/10/07

今日はロザリオの聖母の祝日です。それを通してイエス様の主な出来事を思い出せら
れます。今日のミサの集会祈願に次のように祈りを捧げられています。

「みことばが人となられたことを信仰によって知ったわたしたちが、聖母の祈りに支
えられ、御子の苦しみと死を通して、復活の栄光にあずかることができますよう
に。」

イエス様の主な出来事に協力したマリア様はわたし達の救いの一番協力された方で
す。今日のこの記念にあたってマリア様を思い出して感謝いたしましょう。

2021/10/06

イエスは言われた。「祈るときには、こう言いなさい。
『父よ、
御名が崇められますように。
御国が来ますように。
わたしたちに必要な糧を毎日与えてください。』」(ルカ11・2)


優しい父なる神さまなのに、なぜこの全世界が悩んでいるコロナウィルスを止めてく
れないかと、思ったりすることがあります。
やはり私たちがそういったような苦しみが無ければ、この世界に永遠に生きるかのよ
うに思ってしまうのではないでしょうか。
私たちが本当の喜びを得て落ち着く世界はこちらではなく、神さまの所であると考え
させたいのでしょう。

2021/10/05

忙しいのに誰も手伝ってくれないと文句を言ったマルタにイエス様が次のようにお答えになりました。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし必要なことは一つだけである。マリアは良い方を選んだ。
それを取り上げてはならない。」(ルカ10.40-42)

おそらくイエス様は同じような叱りをわたしたちにもされるでしょう。
わたしたちも過ぎ去ってしまう事に力を入れ過ぎているのではないでしょうか。

2021/10/04

今日はアッシジの聖フランシスコの記念日です。彼は周りに作られたすべてのものを見て兄弟姉妹と呼んでいます。「わたしたちの兄弟、太陽によってあなたを賛美します。太陽は光をもってわたしたちを照らし、その輝きはあなたの姿を現します。」(太陽の賛歌より)

聖フランシスコは、わたしたちの周りのすべてのものは神様から存在と命をいただいたのですべてを兄弟姉妹と呼んでおります。

周りの世界は神様の贈り物だらけなのに毎日ぼんやり過ごすのではなく

その贈り物を受け止めとめて恩返ししましょう。


2021/10/03

イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れてきた。
弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子どもたちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」
マルコ10.13)

子どもたちは自分の力がないので頼りやすいし、イエス様への魅力を感じやすいこともあります。大人はよく知っていると思い理屈っぽく、イエス様についていきにくいところがあります。その為にほかのの聖書のところでイエス様がおっしゃております。「子どものようにならなければ決して天の国に入ることはない。」

2021/10/02

見よ、わたしはあなたの前に使い(天使)を遣わして、あなたを道で守らせる。(出エジプト記23・20)


今日は教会が守護の天使を思い出させてくださっている日です。神さまは親、他人、いろんな被造物を通して、私たちを守って生かしてくださっています。その中で、神さまがもっとも優れたものとして天使を創って私たちの安全を絶えず守らせてくださっています。やはり私たちが父である神さまを心配させている子どもですね。その神さまの大きな愛を受け止めて、今日も安心して過ごしましょう。
教会が伝統的に次の天使の祈りを唱えてきました。私たちも唱えてみましょう。

「守護の天使への祈り」
守護の天使よ、主のいつくしみによって あなたにゆだねられた このわたしを照らし、守り、導いてください。 アーメン

2021/10/01

 改心して幼子のようにならなければ、天の国に入ることはできない。

(マタイ18.3)


 わたしたちはいろんな事を勉強していろんな技術も身に着けて、もう神様はいらないと感じて、願うことをわすれてしまうことがあります。それは大きな錯覚です。天国を望んでいなければ、神様が無理やりに入れてくれることはありません。

今日、記念する幼いイエスの聖テレジアのように毎日、父である神を忘れないで自分をゆだねて過ごしましょう。

2021/09/30

神のことばを昼も夜も思いめぐらし、記されたすべてのことを守り行え。(ヨシュア1・8)

神の御言葉といったら私たちはすぐ聖書を考えます。それは本当です。
しかしながら、忘れてはいけないのはもっと身近なところにも聖書の御言葉が刻まれております。
それは私たちの心です。ですから、悪いや良いという判断をいつもしなければいけない事でしょう。
さらに、この自然界の中で神の御言葉が刻まれているような感じもします。それを読み取って毎日の糧にして生きるようにいたしましょう。

2021/09/29

 天使の守りのもとに、力強く救いの道を進むことができますように。

 (今日の、大天使 聖ミカエル、聖ガブリエル、聖ラファエル ミサより)


 天使の取り次ぎを願って、よく祈りました。最近はそれは薄れてきましたが、神様はわたし達を守るため、天使も付けてくださいました。その取り次ぎを願いましょう。伝統的に次の祈りが唱えられてきました。


「守護の天使への祈り」
わたしの守護の天使、主のいつくしみによってあなたに委ねられたわたしを照らし、守り、導いてください。アーメン

2021/09/27

わたしの名のためにこの子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。
わたしを受け入れる者は、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。
あなたがた皆の中でが他のみんなの中で最も小さいものこそ、最も偉い者である。(ルカ9.48)

小さいものについてイエス様は驚くべき言葉をおっしゃっておられます。
やはり小さなものは自分の力に頼らず、全てにおいて親に頼るように神様に頼り切っております。
大人は自分の力を意識しすぎて神様のちからに頼るよりも、自分の力に頼ってしまうのです。

2021/09/26

人の子が来たのは使えるため、多くの人のあがないとして、自分の命を与えるため。(マルコ10.45)

多くの人のため、みんなのため、わたしのため、主は来られた。
命を与えるために。

2021/09/25

わたしたちが神の愛を知ったのは、キリストが、わたしたちのためにいのちを与えてくださったからである。
わたしたちもまた、兄弟のためにいのちを捧げなければならない。(1ヨハネ3.16)

わたしたちもイエス様のようにふるまって、どんな人をも迎え入れて配慮を示したら、多くの人が神様に導かれるようになることでしょう。