このブログでは、ヴィタリ神父(カトリック山口教会協力司祭・イエズス会)からカトリック山口教会信徒向けに、毎日配信される「今日のみことば」を紹介しています。みなさま方には、このことばを今日一日を生きるヒントにしていただければ幸いです。
いつの代の人もわたしを幸せな者と呼ぶ。力あるかたが、わたしに偉大なわざを行われた。(ルカ1・48-49)
わたしたちもマリア様と同じような態度をとったら、神様がわたしたちを通して、偉大なことを行われることでしょう。
まず、神の国とその義とを求めよ。そうすれば、それに加えて、すべての必要なものが与えられる。(マタイ6・33)
神様は、ケチではなく、ご自分にそのようにしてくれる人に対して寛大です。
弟子たちはイエスの母マリアと心を合わせて熱心に祈っていた。(使徒言行録1・14)
天国におられるマリア様と心を合わせて祈りましょう。
あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。(ヨハネ20・23)
神様は、わたしたちがみんな仲良くしてほしいということでしょう。
弟子たちは、イエスの母マリアと婦人たち、およびイエスの兄弟とともに、心を合わせてひたすら祈っていた。(使徒言行録1・14)
わたしたちも、できるだけ家庭の皆さんと共に、毎日お祈りいたしましょう。
人の子は、仕えられるためではなく仕えるため、また、多くの人のあがないとして、自分のいのちを与えるために来た。(マタイ20・28)
わたしたちも同じ思いで、周りの人々のために尽くしましょう。
わたしは絶えず神を思う。神はわたしのそばにおられ、わたしはけっしてゆるがない。(詩編16・8)
ですから、今日も安心してすごしましょう。神様が、そばにおられます。
父がわたしを世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。彼らのために、わたしは自分自身をささげます。(ヨハネ17・18、19)
そのイエス様の期待に応えましょう。
わたしは初めであり終わりであり、いつも生きている。わたしは、一度死んだが、永遠に生きている。(黙示録1・17-18)
イエス様は永遠に生きておられる。その助けは、決して耐えることはない。
聖霊があなたがたに下るとき、あなたがたはその力を受けて地の果てまで行き、わたしの証人となる。(使徒言行録1・8)
大変な使命ですが、イエス様の助けがあればできる。
全世界に行き、すべての人をわたしの弟子にしなさい。わたしは世の終わりまでいつもあなたがたとともにいる。(マタイ28・19、20)
大変な仕事ですが、イエス様の助けがあるからそれも出来る。
イエスは弟子たちに言われた。「はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。」(ヨハネ16・23)
遠慮なく必要なことを願いましょう。
わたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが正しい者とされるために復活された。(ローマ4・25)
イエス様の苦しみを無駄にしないで頑張りましょう。
わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいる。(マタイ28・20)
長生きしても、神様がわたしたちをずっと守ってくださいます。
わたしは父に願い、父が与えるあかしの霊は永遠に、あなたがたとともにとどまってくださる。(ヨハネ14・16)
それによって、わたしたちが正しい道を歩むことができます。犠牲があってもその道を歩むようにいたしましょう。
神はわたしに約束されたことを、すべて成しとげられる。(詩編138・8)
死者のうちから立ち上がられたキリストは、もはや死ぬことがない。死はもはや、キリストを支配することがない。(ローマ6・9)
そのためにわたしたちが、どういうことがあっても主を永遠に頼れるのです。
わたしを愛する人はわたしのことばを守る。わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のもとに行く。(ヨハネ14・23)
愛に行いが伴わなければ、本当の愛になりません。
キリストとともに復活したなら、上のことを求めよう。キリストは神の右に座しておられる。(コロサイ3・1)
わたしたちを待っておられます。必ずイエス様の期待に応えましょう。
わたしは父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせ、あなたがたを友と呼ぶ。(ヨハネ15・15)
友であるイエスに、恩返しするのに少し考えてみましょう。
キリストは、すべての人のために死なれた。それは、生きている人々が、もう自分に生きるのではなく、死んで復活されたキリストに生きるためである。(二コリント5・15)
わたしたちの為に亡くなられた主イエスに、恩返ししなければならないことでしょう。ケチではなく寛大にいたしましょう。
人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。(ヨハネ15・5)
それによって、わたしたちの人生を無駄にしません。
キリストとともに死んだのなら、キリストとともに生きるようになるとわたしたちは信じている。(ローマ6・8)
それのようにして、わたしたちはキリストとともに復活する。
聖霊はあなたがたにすべてを教え、話したことをわからせてくださる。(ヨハネ14・26)
その教えに従うようにいたしましょう。
わたしは道、真理、いのち。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行けない。(ヨハネ14・6)
その道を歩めば、必ずしあわせにたどり着くことになります。
わたしのことばにとどまるなら、あなたたちはまことの弟子であり、真理を知っている。(ヨハネ8・31、32)
それによって、イエス様に本当に従うことができる。
主は、ご自分の血によってわたしたちをあがない、神に仕える祭司としてくださった。(黙示録5・9-10)
そこまでしてくださった主に、恩返ししなければならないということでしょう。
イエス・キリスト、わたしたちを愛し、ご自分の血で罪を清めてくださったかた。(黙示録1・5)
恩返しとして何をすればよいかを考えましょう。
わたしは道、真理、いのち。フィリポよ、わたしを見る者は父を見る。(ヨハネ14・6、9)
その道を歩めば、必ずいいところに着きます。
羊はわわたしの声を聞き分け、わたしもその羊を知り、羊はわたしに従う。(ヨハネ10・27)
わたしたちもその声を聞いて、イエス様に従うことができるようにいたしましょう。
わたしはよい牧者。わたしは羊を知り、羊はわたしを知っている。(ヨハネ10・14)
主は、よい牧者として決してわたしたちを見捨てることなく、いつも共にいてくださいます。